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このページは 2007年 09月 19日 08時58分52秒に巡回更新されました。
 神経

【 48】 事例の選出の方法

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[引用サイト]  http://web.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~ysekigch/qual/selection.html

量的研究法では、研究対象として事例を選出することはサンプリングと呼ばれており、サンプリングの方法の基本は、ランダムサンプリング(無作為抽出)です。研究者が関心をもっている対象集団は母集団と呼ばれ、ランダムサンプリングは、抽出した事例からの結論を母集団全体について一般化することを目的として行われます。
これに対して、質的研究では、単に「母集団全体について一般化」だけを目的にして、事例を選出しません。物事を探究する営みというものは、さまざまな状況においていろいろな意図や目的をもって取り組まれるものです。関心を持っている現象について、「どのような条件を満たす情報をもとめているか」によって、事例の選出の仕方を工夫しなくてはならないのです。それゆえ、Preissle & LeCompte (1993, p. 69)は、質的研究での事例選出法は、規準依拠型(criterion-based)であると論じています。以下では、 Preissle
質的研究では、研究の進展にあわせて事例の選び方を工夫しなければなりません。研究の初期にフィールドを選ぶ際に行われる事例選出する場合と、ある程度データが集められて分析がされている中での新たな事例の選出する場合とでは方法が異なります。以下では、それらを分けて紹介します。
どのような単位に研究の焦点をおくとしても、その単位に属する事例は互いにさまざまな点で異なっているでしょう。例えば、中学校の数学教師の授業の仕方についての考え方を研究するとしても、教師間にはさまざまな違いがあります。少ないサンプル数の数学教師を調べただけで、数学教師についての共通する何かを結論できるでしょうか?この問題に応える一つのやり方は、互いに異なるタイプの教師をいろいろ選び出してみることです。その論理は、類似したタイプの教師だけ数人選んで調べたのでは、ある特定に方向に偏ったパターンばかり見いだす危険性がありますが、互いに異なるタイプの教師を選んできていれば、ある程度まで結論の偏りを避けることができると考えられるからです。
具体的にどうするかというと、例えば、まず、数学教師間の相違で研究上で重要と考えられている特徴にどんなものがあるかを挙げてみることです。例えば、(ちょっと、ありきたりですが)教職経験の年数、年令、性別などがあるでしょう。教職経験の年数と年令は、かなりの相関があるので、前者だけにまとめてよいかもしれません。そして、例えば、教職経験2年以下、5〜6年、10年以上、および男性、女性のそれぞれの条件に当てはまる数学教師を何人か選出していきます。すなわち、以下のように6種類のタイプを考え、それぞれのタイプにあう数学教師を選んでいくわけです。最低の場合、事例は6名で済みます:
そして、選出した数学教師について詳細なケーススタディを行い、同時に、複数のタイプにまたがって共通していえる事柄を分析していきます。こうして選出して研究すると、さまざまなタイプの教師を調べているので、幅広く通用するパターンや理論を見いだすことが可能になります。
これは、ある特徴--研究者が関心をもっている何らかの特徴--に関して非常に際だっている事例を選ぶ方法です。大人数のサンプリングをして、一般性のある結論をもとめる量的研究法では、極端な事例は例外的なものとして、あまり重視されないでしょう。しかし、質的研究は、例外的な事例を調べることによって、代表的・標準的な事例だけを見ていたのでは気づかない貴重な情報が得られる場合があると考えています。例えば、学習過程について研究をしている場合なら、異常に優れた成績の生徒や、反対に、極めて低い成績の生徒を事例は極端な事例にあたるでしょう。大多数の生徒たちは、学校の授業になんとかついていき、とりたてて良くも悪くもない成績をとっていることでしょう。しかし、そういう「普通」の生徒ばかり見ていたのでは、どういうとき「落ちこぼれ」が起こるのかとか、どうすればもっとよい成績がとれるようになるのか、という問題に取り組むための情報は得にくいでしょう。また、反対に、「普通」から逸脱した極端な事例を調べることによって、「普通」と呼ばれる状態を維持するのにどのような営みが関わっているかが明らかになる場合があるのです。
これは、「極端な事例の選出」と同じ論理に基づく方法で、ある特徴--研究者が関心をもっている何らかの特徴--に関して理想的な状態にある事例を選ぶ方法です。ただし、「極端」には強調をおきません。特に、極端すぎる場合があまりに非現実すぎて、学ぶべきことがない考えられるときに適しているでしょう。例えば、学習過程を研究するときに、知能指数が異常に高い児童や異常に低い児童を調べることは、心理学研究としては極めて価値あることですが、通常の学校教育における学習を考えている場合は、どれだけ役立つ情報が得られるかは疑問かもしれません。むしろ、知能指数は普通レベルでありながらも高成績をあげている児童を調べたほうが、より多くの児童について役立つ情報が得られると考えられるでしょう。
教育界には、すぐれた教育実践をしておられる学校や教師の方々が数多く知られています。そのような実践は、理想的事例として質的研究の重要な研究対象となると考えられます。
また、国立大学の附属学校には、理想的な教育環境を整えているところがあります。教員は研究熱心で、優れた授業をすることを常に追求していると考えられています。教育のための施設も比較的整っており、児童・生徒の家庭環境も比較的よくて、「非行」問題も少なく、勉強熱心な子どもたちが多いと考えられています。こういう場所での事例は理想的事例として役立つと思われます。
これらの附属校では、新しい教育課程、指導法、教育制度のための実験的プロジェクトがよく行われます。もしもこのような理想的な教育環境においても問題が多いようなプロジェクトは、おそらく他の普通の学校でうまくいくはずがない、と結論する強力な証拠になるでしょう。その意味で、理想事例の研究は、新しい可能性を試す重要なものになりうるのです。
研究というのは必ずしも多くの人によく知られていない現象や実態を分析するものです。したがって、当該の現象がどういうものかを、他の人々にわかりやすく描写し伝達することが必要になることがあります。その場合、いわゆる典型的と考えられる事例をとりあげて、それを詳しく記述することが一つの方法として役立ちます。認知心理学でいうところの「プロトタイプ」に関する研究が示しているように、典型的事例(プロトタイプ)をまず理解しておくことによって、他のそれほど典型的でない事例や極端な事例が、そのバリエーションや例外として位置づけて理解できるようになります。
第3回国際数学・理科教育調査(TIMMS)の一環として、日米独の3カ国において8学年の数学の授業をランダムに数多く選んでビデオ録画して行われた授業の比較研究があります(J. W.Stiegler & J.Hiebert, The teaching gap,
Free Press, 1999)。研究にはランダムサンプリングを用いていますが、この比較研究のレポートでは、各国の授業の記録の中から、典型的と判断したものを一つずつ選んで、それらを最初に描写し、その後で、さまざまなバリエーションを論じて、各国の授業の全体像を示しています。これによって、3つの国における授業から得られた膨大なデータをきわめて手際よく効果的に提示し、各国の教育関係者の間に反響を呼ぶことに成功しています。
ここで、どういう事例を「典型的」と判断したらよいか、という問題を検討することが大切です。当該の現象に広くみられる平均的な特徴をいろいろなデータをもとに判断します。判断のためのデータとしては、事情通の情報提供者(インフォーマント)の話し、アンケート調査、統計資料などいろいろ考えられるでしょう。それらから得られた特徴をもとに、「典型的」事例のプロファイル(profile)を作成することになります。そして、そのプロファイルに適合する現実の例を探すわけです。
ランダムサンプリングの手法は、多くの数の事例が存在しないと適用できないものです。それゆえ、稀にしか生起しない事柄を研究するときには使いようがありません。例えば、歴史的に重要な出来事のような限られた現象にはランダムサンプリングの手法は適用しようがありません。例えば、日本数学教育史において「数学教育現代化運動」は非常に重要な出来事ですが、これは一度きりの現象です。しかし、この出来事は、日本の数学教育の発展の様子を理解する上で大変研究価値が高いものです。また、「日本数学教育学会」と呼ばれる組織の歴史的変遷や活動の様子は、日本の数学教育の形成に重要に関わっていますが、これと同等な団体は存在していません。しかし、日本の数学教育を理解する上で不可欠であり、研究する価値があるものです。また、「日本数学教育学会」のように大きなものではありませんが、地方には、いろいろな数学教育を推進する組織や団体があります。それぞれに特色のある活動をしており、それ自体が研究対象となりうるでしょう。
どんな研究も、つねに関連する先行研究全体との関わりを視野に入れて進められます。以前に行われている研究が扱った事例と類似の条件を満たす他の事例でも同じ結論が成り立つかどうか、あるいは、以前の研究が扱った事例とは異なった条件を満たす事例でも同じ結論が成り立つかどうか、という問題を調べることも大事です。この場合、事例選出のための条件を、先行研究の扱った事例と比較できるように決めることになります。このようにして事例を選出して行った研究は、先行研究で得られている結論の一般性や限界を再検討するのに役立ちます。
ある程度データが集められて分析がされている中で大切になるのが、集めている事例間の類似点や相違点を考察する「比較分析」の作業です。比較分析において、新たな事例の探索はどのように進められるか、仮想の研究エピソードで考えてみましょう:
いま、中学校での小グループによる問題解決学習に関心をもっているとしましょう。小グループ学習の長所と短所についての一般論は教育者の間ではすでに常識となっています。しかし、小グループの中で数学的問題解決が実際にどのようなプロセスで営まれるのか、という点になると研究者の間でさまざまな見解があるかもしれません。こういう状況で、例えば、以下のような課題が重要になるでしょう:
生徒たちがグループになって問題解決に取り組んでいるところを少しでも観察したことがある方なら想像できると思いますが、グループの中で営まれていることを記述することはかなり複雑な作業です。複数のメンバーがいろいろなことを考え、いろいろなことを発言しあっていることが多く、データ収集の作業は勿論、そのプロセスの分析はやっかいなものです。例えば、課題(a)の「どういう構成要素で記述したらよいのか」を調べる場合では、グループの中で起こっていることをきめ細かく検討しなければなりません。小グループを選んでビデオに記録し、それをもとにトランスクリプトを作成し、それらを何度も見直して、プロセスの理解に重要となる要素がどういうものかを考えていくという作業が必要になるでしょう。これを一つこなすだけでかなりの時間と労力がかかり、この場合、統計的に意味のある数の小グループ学習をランダムに選出して調査していくことなど、実際問題としても不可能に近いです。
では、どうしたらよいでしょうか?研究の初期であるなら、研究に協力的な先生のおられる中学校を訪れて、予備研究として、そこで行われている小グループによる数学の問題解決学習のどれでもよいから2,3選んで観察してみることでしょう。そして、それらの観察から、暫定的に小グループ問題解決のプロセスを形作っている重要な要素についての仮説をいくつか立ててみるのです。例えば、あるグループでは、一人一人が個別に問題に取り組んでいるばかりで、ほとんど話し合いがないかもしれません。話し合っているとみえるのは、数学に関係ない「私語」かもしれません。その場合、次のような作業仮説を立てるかもしれません。
事実、小グループ学習は「私語」が増えるばかりで学習についての効果は特にないと考えて、小グループ学習に消極的な先生もいます。
しかし、常識から考えて、小グループ内で生徒たちが協力し合って問題解決に取り組む場合もあると予想できます。そこで、仮説1が当てはまらない場合、すなわち、[帰結1]「個別の問題解決と実質的な違いはない」が成立していない事例(「負事例」)を検討するために、「生徒たちが比較的協力し合っている」という[帰結2]を満たす小グループを、新たな事例として探す努力をするでしょう。同じクラスのなかにそういうグループがあれば、それを選んでよいでしょう。もし、同じクラスの中になければ、他のクラスや、他の学校や他の教科でもよいでしょう。もちろん、同じグループでも、もしかすると、比較的協力し合う場面が別のときにみられるかもしれません。
こうして、[帰結2]を満たす事例が見つかって、新たな観察を行うでしょう。そうすると、例えば、以前の事例と比較しながら、「生徒たちが協力し合う」という状況は、どういう要因で可能になるのか、という問題が検討できるでしょう。そこで、例えば、[要因群1]として、問題の種類や問題の定式化といったグループに課される問題に関する諸要因が候補として挙がられるかもしれません。そこで、[要因群1]を検討するために、「今まで調べたのとは別の種類の問題を扱っている」という[条件1]を満たす小グループ学習で、新たな事例(「変異事例」)を探して、今までの事例と比較考察してみるとよいでしょう。
ここで、「別の種類」の問題とはどんな種類かを検討する必要がでてきます。ただし、既製の「計算問題」「文章題」「図形の問題」「証明問題」等の分類枠にとらわれる必要はありません。例えば、グループの問題解決行動を左右する問題の要素として、以下のような点が有力な候補として検討されるかもしれません:
[要因群2]として、グループのメンバー構成が候補として挙げられるかもしれません。[要因群2]を検討するために、「前の事例とはかなり違ったメンバー構成をもつ」という[条件2]を満たす小グループ(「変異事例」)を探して比較考察してみるとよいでしょう。
ここでも「違ったメンバー構成」というのを、どう捉えるかが重要なポイントになるでしょう。日本の中学校では、クラスごとに生徒全員が「班」分けされていることが多いです。従って、授業中に小グループを作るときに、その「班」がそのまま使われるかもしれません。そういう場合、例えば、以下のような点がグループの活動を左右すると考えられるかもしれません:
[要因群3]として、グループに課されている責任が挙げられるかもしれません。グループに課されている責任の違いがどう影響しているかを調べるために、以下のような、さまざまな責任を課された事例を比較考察してみるとよいでしょう:
これらの課題を組織的に検討していくために、事例を選んでいく方向として2通りあります。1つは、上であげたそれぞれの要因群に関して、条件がお互いにできるだけ類似していると思われる事例を選んでいく方向(「最小化」)です。すなわち、「問題の種類」、「グループのメンバー構成」、「グループに課されている責任」のいづれかひとつ、あるいは複数に関して、お互いに共通点が多い事例を選び、それらの事例について、グループの問題解決行動がどのようであるかを比較分析するのです。もしもグループの問題解決行動も類似であることが判明すれば、それらの事例の間の共通の条件が重要なものであることがわかります。反対に、もしもグループの問題解決行動がかなり多様であることが判明すれば、その多様性を生み出す根本的要因はどこにあるのかを、分析していくことになります。
もう一つの方向は、逆に、それぞれの要因群に関して、お互いに条件ができるだけ異なっていると思われる事例を選んでいく方向(「最大化」)です。もしも異なる条件をもつグループにおいて問題解決行動が類似であることが判明すれば、それら異なる条件の間に何らかの根本的な共通性が潜んでいるのではないかと推論し、それを比較分析することになります。もしも異なる条件をもつグループにおいて問題解決行動も多様であることが判明した場合は、条件の違いを限定したり、条件をまとめなおしたり、要因群の分け方を見直したりすることが必要になるでしょう。
研究者は、分析の途中でさまざまなパターンやルールを見出し、暫定的な仮説を立てていきます。それら仮説をさらにより妥当性の高いものにしていくために、その仮説に合わないとみえる事例(負事例)を意図的に探索することは大切です。というのは、まず第一に、負事例を検討することによって、当初の仮説が適用できる状況や条件を見出す機会が生まれるからです。第二に、負事例を検討することによって、当初の仮説の適用範囲をみきわめ、負事例も扱えるようなより包括的な仮説を生み出すのを促すからです。自分の仮説に都合のよい事例ばかりみていたのでは、一面的な分析に終わってしまいます。
 上のエピソードとは別の事例で,負事例で私が印象深かったことを付け加えておきましょう.あるとき,オーストラリアの数学の一連の授業を分析する機会がありました.たいへん評価の高い教師の授業で,その授業について,参加した生徒たちのインタビューも行なわれました.インタビューでは,どういう授業がよい授業だと思うかを聞く質問がありました.ほとんどの生徒が,「わかりやすい」ということと,「新しい内容が盛り込まれている」ということをよい授業の条件に挙げていました.それゆえ,私は,生徒たちにとっては,これら2条件が満たされれば「よい授業」となる,と仮説をたてました.しかし,1人だけ,別の質問(「授業は典型的だったかどうか」)をしているところで,授業の評価について他の生徒たちと違ったことを語っていました.
インタビュアー:あー,ええ,それは典型的な授業だった、昨日[の授業]は?典型的っていう意味わかる?
S:あー,そうじゃなかった.実際,僕にはいつもよりよい(better)感じの授業だった.だって,僕たちが受けるほとんどの授業は,まあ,ね,どれも同じでさ,先生(she)が復習をして,そして,新しい課題を出すんだ.でも,昨日は,先生は,課題を出したんだけど,小さい問題10個とかいうんじゃなかった...大きな問題が1つだった.だから,これは違ってたと僕は思った.
インタビュアー:そうね.あなたには,いつもよりよい授業だったということがとてもはっきりしているみたいね.
S:えーと,僕にはいつもよりよい授業だったと思う.先生が課題を出して,それが本当にやさしい場合の授業というのは,よい授業だけど,同時に,よくないともいえる授業なんだ.だって,どれもこれもあんまり簡単で,あーあ,これってあんまりやりがい(challenge)がないなって思うからさ.でも,昨日は,...僕たち本当にわからなかったから,ちょっとやりがいがあった.それで,最後にわかったとき,本当に自分自身がいい気分になった.
この生徒の「よくないともいえる」という発言は,「わかりやすい」「新しい内容が盛り込まれている」というだけでは,不十分であることを示唆しており,私の仮説への負事例と思えました.たった一人の生徒の発言でしたが,それを無視せずに,私は,新たに,「生徒にとって理解が難しい課題がときどき出される」という第3の条件を,生徒たちにとっての「よい授業」の条件に加えてみました.私には,他の生徒が意識化できずに語ることができなかったことを,この生徒が明確に指摘していると思えたからです.
これは、負事例と同様の役割があるため、実際には負事例と区別しにくいかもしれません。通常、仮説というのは、「条件Aが満たされるならば帰結Bが生起している」と条件付き命題として定式化されるものです。(これは、簡略に、「AならばBである」と表現されます。)負事例というのは、「条件Aが満たされているけれど、帰結Bが生起していない」ように見える事例です。これは、当の仮説を否定するような性格をもっています。たとえば、上記の仮説1では、「小グループで問題解決をする場合」が条件Aで、「個別の問題解決と実質的な違いはない」というのが帰結Bにあたります。この仮説1に対する負事例は、条件Aを満たしながらも「個別の問題解決と実質的な違いが起こっている」ような事例です。
一方、分析を進めていくとき、当初に考えた仮説の条件を見直すことも大切です。例えば、仮説1の条件A「小グループで問題解決をする場合」は、あまりに一般的な条件と感じられるでしょう。その結果、条件をさらに細分化する必要があると考えるでしょう。例えば、小グループで問題解決をしている場合で、問題の種類が異なった場合やメンバー構成が異なった場合へと細かく場合分けするかもしれません。当然、それに応じて仮説もさまざまな限定条件がついた定式化へと修正されるでしょう。
このようなとき、それぞれの仮説の限定条件にうまく合わない事例や例外的事例を意図的に探索して、それらをどのように自分の仮説で扱うかを検討することが役立ちます。これら仮説の限定条件にうまく合わない事例を変異事例と呼びます。負事例と同様、例外的事例を検討することは、自分の見出した仮説やパターンの成立する範囲がより明確化したり、より適用範囲の広い仮説やパターンを考案する機会となります。
これは、グレイザー& ストラウス(1996)が特に、データから理論を生成するための手続きの一環として提唱している方法です。これは、上述のエピソードに現れている手続きをより組織的に進めて、広範囲の事例に成立するような理論を作り上げていくときに役立つといわれています。
理論体系というものは,いくつかの概念,および,それらの間を関係付けする諸前提から成り立っています。社会科学的研究において現象を扱う理論では、それらに相当するのが,カテゴリー(categories),および仮説です。カテゴリーは、物事を把握し分類する視点あるいは枠であり、これによって,ばらばらに見える現象にまとまりが生まれます。仮説は,いくつかのカテゴリーについて成り立つと想定される命題です。
ただし,厳密にいえば,物事に少しでもまとまりをつける枠はすべてカテゴリーであるので,上記のような説明では,理論体系の構成の説明としては大ざっぱすぎるでしょう。理論体系は,さらにカテゴリーの間に階層構造を想定するものです。ストラウス&コービン(1999)では,カテゴリーという用語を理論生成に重要と判断されたもののレベルに限って用いています。各カテゴリーの下には,そのカテゴリーを記述したり定義したり適用したりするときに必要な諸側面を指すとみなされる概念が設けられ,それらは,そのカテゴリーの特性(properties)と呼ばれます。
さらに,カテゴリーの各特性は,その具体的にとりうる概念の種類や範囲に細分化されます。その細分化は次元化と呼ばれ,その結果は,次元(dimensions)と呼ばれます。
上述のエピソードで考えるならば、それぞれの要因群や帰結群は「カテゴリー」、それぞれの要因群や帰結群に属する諸条件や諸状態はそのカテゴリーの「特性」とみなせるでしょう。そうすると、理論の要素として以下のようなものが生成できるかもしれません:
特性:難易度(次元:高い-低い)、作業量(次元:多い- 少ない)、オープン度(次元:オープンエンド-クローズド)
特性:協力関係(次元:協力的,無関心,敵対的,etc.)、リーダー(次元:存在-不在)、能力差(次元:大きい-なし)
特性:解答責任(次元:大きい-なし)、発表責任(次元:大きい-なし)、責任分担(次元:公平- 偏在)、対外的責任(次元:大きい-なし)
特性:私語(次元:多い- 少ない)、助け合い(次元:多い- 少ない)、学び合い(次元:多い- 少ない)
「比較的難易度が高く、作業量が多い問題で、多くのグループ責任が課されているとき、グループ内の助け合いが促進され、学び合いの機会が増える。」
仮説は,このようにカテゴリーの次元のレベルで表現されます。仮説を立てるのに必要なレベルまで現象を捉える網目を細かく構成しているので,当然のことです。次元を細かく区別立てて作ってみたけれども,仮説を立てる際にそれらの区別立てがいらなかったり,区別立てが大雑把すぎて,仮説も大雑把になってしまったりすると,理論の精度が低くなります。
ちなみに,この最後の仮説は単純すぎます。シンボリック相互作用論の立場からいえば,要因ばかりでなく,グループ内で営まれる社会的相互行為を分析しなければ,帰結の形成を理解することはできません。相互行為過程をとらえるカテゴリーもさらに考慮に入れて関連づけていかなければ,説明力のある仮説を生成することはできないでしょう(「軸足コード化」を参照,ストラウス&コービン, 1999, pp. 98-118)。
理論的サンプリングというのは、上述のエピソードに見られた、「最小化」や「最大化」の方向で新たな事例を求めて選んでいく手続きです。これを効果的に利用することによって、よりデータに根ざしたカテゴリー、その諸特性、諸次元,および仮説が生み出され、それらを洗練していくことによって最終的に理論が産出できると考えられています。詳しくは、グレイザー& ストラウス(1996)やストラウス&コービン(1999)を精読してください。